ころまろ☆辛口エンタメ塾

毒舌ネットコメンテーターのサブカル話。たまに愛。

【令和2年の今頃の話その43】「夏と新兼荘とプロレス」

さてさて、今から30年前の1990年の学生生活の振り返りですね。僕は大学の長い夏休みをハードに過ごしておりました。

 

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バブル期最後の夏

 

1990 年もこの時期になると理論上…というより、株価的にはっきりとバブル経済は崩壊していたのですが、まだまだ一般的には「平成元禄」というものを謳歌している感じでした。

僕が働いていた歌舞伎町のライブハウスの雰囲気も例外ではなく、そこのお客さんは『エステサロンをオープンさせた女性経営者(元女優)』から『来店するたびに高価なオールドパーのニューボトルを入れる、ごく普通のサラリーマン風のおじさん』に至るまで、みんながみんな実に羽振りが良かったのです。

 


バージニアスリム(VIRGINIA SLIMS) CM 1990年


僕は「長髪ポニテ&シャイ&マイケルファン」という理由(たぶん)で、彼等から「マイケル」と呼ばれ可愛がってもらいました。ほんと階段登って「バージニアスリムライトメンソール」を買ってくるだけで千円貰えたのだから、実にふざけた時代でしたね。

 

夏フェス

 

バブルの勢いで夏の野外イベントが盛り上がりを見せていた時期でもありました。今の夏フェスのはしりみたいなものです。
当時はテレビ朝日が三浦海岸で毎年イベントをやっておりまして、僕のバイト先の箱バンも、そこのステージに出演するということになったのです。「いろいろと有名人が来るらしい」という話を聞きつけ、僕らスタッフも徹夜の勤務明けに三浦海岸までついていきました。もう気分はすっかりギョーカイ関係者です。

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しかし浜につくなり僕は爆睡してしまい(徹夜で働いて炎天下ガンガン飲めば無理ないね)、今となってはどんなアイドルがそのステージにいたのか、全く思い出せないという体たらくなのです。1990年だから、たぶん田中陽子あたりかな?まあ、だったらいいや(笑)。

 

新兼荘

ジムモリソン男(バイトの同僚で二浪生。危ない魅力で実にモテる。それゆえ僕の大学の知り合いとも色々あった男)が引き継いでくれた西新宿のボロアパートに行くと、そこは僕が住んでいた部屋とは全くの別物になっていました。
床にはフローリングカーペットが敷かれ、中間照明で浮かび上がる室内には、洋楽のポスターやオシャレ系のものがバランスよく配置されていたのです。やつは「絶対にお洒落にならん部屋だと思い知らされた」と、そう謙遜しましたが、今で言う「古民家カフェ」くらいには十分に仕上がっていました
(まあとは言え、そこはやはり新兼荘ですから、電話もクーラーも無かったですが)
僕は自分が住んでいた頃の「廃屋もしくは過激派のアジト」的な部屋を思い出し、何だか感慨深い想いに駆られてしまいました。

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居候も引き継がれる

加えて驚いたのは、僕の田舎の後輩で、なおかつ新兼荘の居候だった「ヒロトムラカミ」が、その場にちゃっかり住み着いていたことでした。きゃっつめは僕が知らない間にジムモリソン男と仲良くなっていたのです。そして夏期講習時の新兼荘滞在の許可を貰っていたのですね。
僕はその図々しさに半ば感動し「多分こういうやつが芸大に受かるんだろうな」と割に素直に思いました(そしてそれはのちに現実となりました)。
それにしても新宿のアパートの2人は、まんま「傷だらけの天使」の「オサムちゃん」と「アキラ」みたいでしたね。そこに若さと生命力だけはみなぎっていると。そしてそうなると僕は「辰巳さん」だったのか…うーん、それだけは避けたいな。まだ髪も元気だしね(苦笑)。


金満プロレス「SWS」

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新興メガネメーカーの「メガネスーパー」が、60億の資金を傘にプロレス界に進出してきたのもこの時期でした。団体名はSWS(スーパーワールドスポーツ)というもので、将来的にはプロレス以外のスポーツも傘下に入れようとしていたようです。
SWSは全日本プロレスの主力選手である天龍源一郎選手を一本釣りし、その後も金の力で各団体から次々と選手を引き抜いていきました。当然、業界やファンは、半ばヒステリックに猛反発し、金満団体のSWSの人気は一度も盛り上がることなく低迷していきます。

最終的にはメガネスーパーの社長が、プロレスそのものに嫌気がさしてしまい、SWSは2年ほどで消滅してしまうのですが…今となっては、この一連の出来事には色々と考えさせられるものもあるのです。たしかにSWSは強引でしたが、業界の対応もあれで良かったのかと・・・。

 

貧乏プロレス「FMW」

団体設立資金60億円のSWSに対して「電話の回線費用の5万円」しか資金がなかったのが、あの大仁田厚が旗揚げしたFMWというプロレス団体でした。
バブル期に金欠という致命傷。当然のことながら、大仁田の団体はまともな選手を呼べず、そこは怪しげな「自称格闘家」が集う、縁日の見世物小屋的なハチャメチャな団体になっていたのですね。

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そんな大仁田を業界も半ば冷めた目で見ていたのですが・・・この団体が、金満団体SWSのアンチテーゼとして、徐々にプロレスファンの支持を集めていったのだから、本当に世の中判らないものなのです。
大仁田は次第にカリスマ的人気を持ち始め、この夏に東京汐留で行われた「ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ」での「大仁田厚VSターザン後藤」は奇跡の名勝負となり、大仁田はこの年のプロレス大賞の「MVP」と「年間最優秀試合賞」をダブルで受賞したのでした。

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僕も見ましたが、まさに「謎の感動」というより他はない異様な熱気が確かにそこにはありました。そしていくらお金と人が多くあったとしても、真の感動というものを得られるわけでは無いのだということも、その時に改めて知ったのです。

 

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【週刊ころまろ16】芸能人Youtuberについて【速水もこみち、水嶋ヒロ、石橋貴明、宮迫博之、手越祐也】

夏休み中に芸能人YouTuberをチェックをしていた『自称YouTube評論家』の僕です。

昨年ぐらいまでは芸能界とネットの世界にはまだまだ微妙な壁があったような気がしますが、今ではもう本当に誰もが彼もYouTuberですね。みんなあれやこれや面白い動画を作ろうと頑張っています。

ではそんな中から、特に印象に残った方々をご紹介します。

 

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もこ&ヒロ

以前も取り上げた「速水もこみち」と「水嶋ヒロ」の「料理系チャンネル」ですが、双方ともに、料理動画の行き詰まり感が隠せなくなっています。まあ単に料理動画ならば、彼らよりも極端なことをしている人が沢山いますからねえ…目新しさがなくなってくると、いくら有名芸能人とはいえ、キツいものがあるのかもしれません。

そんなわけでテコ入れなのか、最近、もこみちチャンネルの方は「ゲーム実況動画」を初めたのです…が…これがもう実に「速水イマイチ」という感じなんですね。要は「あんまり面白くない」のです。

痛々しいとまでは言いませんが・・・つくづく彼はゲーム向きのキャラじゃないよなあと感じさせらせます。

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そして一方の水嶋に至っては、もう2か月ほど更新そのものが途絶えているという状況なのです。もとから「やる気、元気、いわき」的なものは皆無な人だけに、何だかこのまま専業主夫に戻ってしまうのではないかと心配してしまいます。そういや最近、奥様の方は音楽番組でよく見かけるわけですしね。

 

そんなわけで、かくの如く「イケメンならOK」とはならないのがYouTubeというものの難しさなのでしょうか?僕は双方のチャンネルがともに大好きなので、今後も逆境に負けずに頑張って欲しいものです。

 

貴ちゃんねるず

各メディアで『石橋貴明がYouTubeで復活!』と報じられている通り、なかなか勢いのあるチャンネルです。開始後すぐに、あの清原和博の「男気じゃんけん」や、忖度なしで飲食店を評価する「東京アラートラン」などが大きな評判を呼びました。


飲食業界の為に、石橋が立ち上がる!新企画「東京アラートラン」

 

演出は近年のブレーンのマッコイ斎藤ですので、まぁいつものノリと言えばいつものノリなのですが、石橋にとってはブラックジョークも気兼ねなく言えるYouTubeという環境は、おそらく本人的にもとても良いのでしょう。連れてくる人脈もさすがですしね。

ただ「面白い回」と「面白くない回」の差が激しすぎるきらいもありますね。そしてその辺からは「彼の人気」と、さらには逆に「彼の人気が落ちた理由」というものが垣間見える感じもします。

あと石橋は滑舌が悪くなってきましたね。聞き取りづらいったらありゃしない。まぁ還暦間近だし、それは仕方がないことなのでしょうけど。

 

宮迫博之

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もこみちのゲーム動画関連で発見。これまで彼を一度も面白いと思ったことがなかったので、あんまり期待せずに視たのですが、これがなかなか頑張っているなと思いました。


サービスエリアNo.1グルメぜんぶ食べてみた【東京〜大阪間】

年下のスタッフとの関係性が良いのが好感度のポイントですね。おかげで先輩や同世代の芸人と一緒にいる際に感じる「小物臭」みたいなものが、いい感じに彼から消えています。たぶん年下との方が上手くやれるタイプなんでしょうね。今の楽しそうなノリを見る限り、コンビの復活は当分無いかもしれないなと感じました。

 

あとは意外と上品なんだなとも思いました。芸歴の長さに比例して、良くも悪くもテレビの世界のコンプライアンスが染み付いているというか…その辺りは一般YouTuberや、YouTuber上がりのタレントとの大きな違いなんだろうなと感じました。

 

 

手越祐也

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実はこれまで「動く手越」と言うものを音楽番組以外に見たことがなかったので、なんとも新鮮な思いで視聴することができました。

基本的にジャニーズに弓を引く人間は応援したいので、もとから彼にかなり好意的だったのですが、この人の場合、宮迫と違ってスタッフに恵まれていないなと思いました。

手越という素材を、なんでこんなふうな料理にしちゃうかなと。まるで大間産のマグロをツナ缶にしちゃうようなもったいなさと言うか…。今の彼なら何をやっても面白いはずなのに、全然そうなってないところが逆にすごいなと思いました。

 


【チャラ男の無人島生活②】手越vs魚と蜘蛛、最高の景色を求めて

 

そもそも僕らは「芸能界で一番チャラい」彼の「普段のチャラい暮らし」に興味があるわけで、何もわざわざ彼が「無人島暮らし」をする様をみたいわけでは無いのです。

無人島でテキトーに仕事をこなす彼ではなく、テキトーに生きて、テキトーにどうにかなってしまっている普段の彼の姿を見たいと。

 

(実際に面白い動画はモーニングルーティーンだったり自宅紹介だったりするし)

 

コロナ禍における制限とかさし引いても、なんかチャンネルそのものが、そういう基本的なことをあんまり理解していないような気がするし、実はこれ、もうやばいんじゃないかなとまで思ってます。はい。

今すぐ軌道修正すべし!これは自称YouTube評論家からの提言です!

 

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【令和2年の今頃の話その42】「1990年の夏休み」

さてさて、30年前の学生生活の振り返りですね。美大に通い始めて初めての夏休みです。

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灼熱の夏

念願かなって【出窓のついた日当たりの良いフローリングの部屋】に住むことができた僕でしたが、エアコンなどというものはなく、それゆえ常にサンルーム状態という、灼熱地獄との戦いとなりました。


1990年夏のCM集

さらに残念なことに、この年の夏は特別な猛暑でもありました。そのあまりの暑さに耐えかねた僕は「出窓の窓を外しっぱなし」で、そのひと夏を過ごしました(実話)。うつろな目で上半身裸で出窓に座っている男・・・ほんと、泥棒も寄り付かないほどのホットスポットでしたね。

 

丸太と格闘

普段の課題があまりにもつまらないので、僕は夏休みの自由制作を楽しみにしていました(まさに勝手に作るだけですか)。当時のムサビは夏休みだろうが、深夜帯だろうが、普通に出入り自由でしたので、僕は木彫で好きな女の子を作ることにしたのです。そう、いよいよ夢がかなうのです。

しかしモデルになってくれるはずの彼女は、その少し前に短期留学に行ってしまったのです。僕は人生最大クラスの落胆を味わい、さらに「この木の中から彼女を彫り出さないと、もう会えないかもしれない」という妄想にも駆られました。そしてその思いをテーマにして、日々、丸太と格闘していたのです。はい。

 

夏休みになると誰もいない

僕は夏休みになれば僕と同じように自由制作をやる人間で学校は溢れ返るのだろうと思っていたのですが、全くそんなことはありませんでした。みんな帰省したり、バイトしたり、旅に行ったりと、各々の夏休みを満喫しているようでした。僕はガラーンとした構内で内心「なんだよみんなやる気ねえなあ」と思っていましたが、よくよく考えればみんなは僕と違って普段の課題を真面目にやっていたわけですからね。お前に言われたく無いよという感じだったでしょう。

そのうち夏季スクーリングというものが始まり、普段通信教育で勉強している人たちが、ムサビに通ってくるようになりました。みんな一人で丸太を彫っている僕に興味津々です。こちらもサービス精神だけは一丁前だけに、そのうちに話すようになっていきました。「うちは本当に近所だから遊びに来なよ」なんてのりですね。ここだけの話、プチモテキでした。

 

バブル期のフードロス

ライブハウスでのバイトもだいぶ慣れてきました。そこは歌舞伎町のさくら通りの怪しい雑居ビルでありながら、不思議なことに、あの「はとバス」の観光コースにもなっていたのです。

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たまに日曜日のシフトに入りますと、コマ劇場から団体様がぞろぞろ歩いてウチの店にやってきて、ワンステージだけ鑑賞して去っていきました。その間、テーブル狭しと並べられたフルーツ盛や魚介のマリネなどは、ほとんど手を付けられず、そのままダストシュート行きとなりました。

これはもうフードロスなんてものじゃないし、今と違って食材の値段も高かった時期ですからね。最初はもったいないなと思いましたが、恐ろしいことに、僕もすぐに感覚がマヒしていました。「はいはいはい、混む前にとっとと捨てなきゃ!」という感じに・・・いやはや。

 

稲村ジェーン

桑田佳祐が初監督(ラスト監督)映画を作ったのもこの時期でした。はい。僕は善人なので映画の内容や感想については語りません。はい。


テレフォンショッキング・桑田佳祐 1990年8月6日

それでその映画のプロモーション用に、先行シングルとして発売された主題歌は、サザンの名作としても名高い「真夏の果実」でした。これは良い曲ですね。前も言ったかもですが、彫刻科の同級生であるヨッチー君は、

四六時中も好きと言って~♪ という歌詞を
食事中も好きと言って~♪ だと勘違いしてました。

まあ意味は通っていると言えば通っていますが・・・

 

カメラトーク

フリッパーズギターが「カメラトーク」というアルバムを出したのもこの時期です。「青春」というダサい季節が、一周回ってカッコよくなる魔法。名作アルバム過ぎますね。

 


Flipper's Guitar • Big Bad Bingo

 

♪ 好きなだけ恋の夢を見て
 勝手にキスして泣いて
 さあ、僕らのビックバッドビンゴに
 ああ、抜け出せないビックバッドビンゴに♪


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【週刊ころまろ15】ネット配信動画コンテンツと中年太り問題。

そんなわけで50男の近況報告です。

 

Huluにも加入してしまう・・・

「グランメゾン☆東京」の見逃し動画を見るために、昨年末にPraviに加入してしまったわけです。当然「どうせ無料期間に全話見終わるさ」と思ったわけですが・・・案の定、やめることなどできず課金生活が続いております。はい。


すると今度はHuluに「どうしても視たいコンテンツ」が登場しました。僕は「さすがに二社はきついし、今度こそ無料期間内で解約するぞ」と決意しました。

 

そんなわけでHuluをお試し期間でまんまとやめようと思ったわけですが・・・「あなたへのおすすめ」に「ベルばら」と「スケバン刑事」のコンビネーションがさく裂ですよ。

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当然ベルばら19話をセレクト。
ロリコン公爵もポリニャック夫人もひどいが、オスカルの傍観者ぶりが一番ひどいと改めて思いました。シャルロット怖い・・・

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中年太り問題

将棋の竜王戦の挑戦者決定戦第1戦(2勝先取制)は、丸山九段が羽生九段を一方的に打ち破り、竜王戦進出にリーチをかけました。

両者とも、今年50歳になるわけですが、そんな二人がこんなトップレヴェルの場で争っているのは嬉しい限りです。特に丸山九段は藤井棋聖を破ってきてますからね。いやはや、凄いなあと思います。

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しかし・・・僕が今回驚いたのは丸山九段の中年太りの進みっぷりですね。これが結構なものでありまして、マスクもしているのも相合わさり、もはや『別人感』まで漂っています。そういえば対局時には大食いのはずが、今回は人並みの量だったし・・・やっぱり気にしているのでしょうかね?

ちなみに対局相手の羽生九段の方も、3年くらい前には「これは羽生さんもヤバいね」というくらい肥えてしまったのですが、畠田理恵のおかげ様なのか、いつの間にかかなりスッキリしています。

それで・・・人の振り見て我が振り直せではないですが、彼等と同い年の僕も、この「中年太り問題」は本当に他人ごとではないのですね。この半年で何とか許容範囲まで落としましたが・・・油断すると直ぐ増えるという恐ろしさ・・・同じダイエットでも5年前とは明らかに落ちるスピードも衰えていますしね。

ほんともう、やになっちゃいますね。おちなし。

 

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【週刊ころまろ14】久々の作品動画と「20世紀@玉手箱」最新記事

猛暑お見舞い申し上げます。

STAYHOMEの夏休み。皆様いかがお過ごしでしょうか?

 

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作品動画


KOUSUKE TSUNODA ART WORKS 2015-2020 『REQUIEM 4 COOL JAPAN』

久々にYOUTUBEに自分の作品の動画を挙げました。2015-2020の作品ですね。小品やコンセプト外の作品は除いております。

作品や制作意図は忘れていませんが、タイトルがうろ覚えだったりするところに、自分の年齢を感じてしまいましたね(苦笑)。

次の展示に向けてやろうとしていた事… というより、かなり準備していたものがあったのですが、それへの気持ちが切れたというか…ここはいったん白紙にしなきゃなあという感じです(それどころか展示がそのもの白紙になりそうな勢いですが)。

やっぱり今はコロナ禍ですね…向き合うべきものも。

 

「20世紀@玉手箱」からのおすすめ

僕が運営する別ブログ「20世紀@玉手箱」からのおすすめ記事を紹介します。まずは暑い時期にピッタリのソフトドリンクのお話ですね。

 

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【懐かしのドリンクCM】思い出とともに一気見しよう「1976-1998ソフトドリンクCM集」

 

お次はサンプラザ中野のオールナイトニッポンについて。

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【サンプラザ中野】オールナイトニッポンと「大きな玉ねぎの下で」 1985-1987

 

 

とまあ、猛暑ですが頑張っていきましょう!

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【週刊ころまろ13】50歳と50円(2020.8.2号)

ざっくばらんに一週間の出来事を書く「週刊ころまろ」です。

 

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50歳になる

 

7月29日に50歳になってしまいました。そんなわけで「ころまろ」において人生を10年ごとに振り返る企画をやってみました。

 

こうやって振り返ると外見も中身も20歳から40歳まではあんまり変化がないのですけど、40から50歳は結構変化があったような気がしますね。とくに外見というか、老化の面では45~50歳の5年間が結構来た感じがします。

まあ何はともあれ髪は持ってくれたし、そんなに太ってないしで、まあまあですかね。これからもみっともなくならない程度に、アンチエイジングをしていきたいなと思っています。

 

禁煙と禁酒

 

タバコが50円も値上げするらしいですね。ここでやっぱり来たかという感じで鬼ですね(苦笑)。僕自身は15年位前に禁煙したのだけれど、その時はまだ200円台だった気がします。この長いデフレの時代に有り得ない値上がりぶりですよね。

 

そういえば僕はこのところ禁酒気味の生活を送っています。6月末からアルコールをすべてノンアル飲料にして、都市逢えず誕生日までと思っていたわけですよ。それで誕生日にシャンパンとワインを飲んだのですが、それが考えていたよりもあまり美味しく感じず、再び禁酒状態になっています。
タバコと違ってまるっきりやめようとは思いませんが、アニバーサリーとかお誘いとか、そういう特別な何かがない限り、今後は飲まないようにしていこうかなと考えています。50歳だしね。そろそろ。

 

新ブログ「20世紀@玉手箱」

 

なかなか好評です。しかし一番人気の記事が「杉山清貴&オメガトライブ」というのは自分でも意外ですね。

www.tamatebako20th.com

 

次は「1986オメガトライブ」について書こうかな?(笑)。

 

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50年前の1970年の話「0歳児」

さてさて、50歳記念に10年ごとを振り返っているお話の5回目ですね。今日は1970年。僕が0歳の頃の話です。。

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1970年の主な出来事

・大阪で万国博覧会が開催
・三島由紀夫割腹自殺
・よど号ハイジャック事件
・ビートルズ解散

 

そんなわけで個人的な思い出は…さすがに覚えてませんね(笑)。伝え聞く話によると「おしゃぶり」を来客に勧めるサービス精神旺盛な赤ちゃんだったそうです。

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大阪万博

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50年経ってもなお現役の太陽の塔ですね。かくありたい。

2020東京オリンピックに続き、大阪万博も2025リターンズなのですが、果たしてどうなりますかね?まあ五輪と違って万博そのものが、もうだいぶ意味合いが薄まっていますからねえ・・・

 

三島由紀夫割腹

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これを「おかまのヒステリー」と評したのは、あの青島幸男ですが…結局は思想というよりは自己愛なんだと思います。老いるのが嫌だったんでしょうね。そこに思想を巻き込む形の無理心中。彼の作品から見て取れる老醜の表現のえげつなさからも、それは強く感じます。まあ哀れなのは森田必勝なりですね。

 

よど号ハイジャック

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興味を持って知れば知るほど、幼稚とまでは言いませんが「何でこの人たちはこんな絵空事を信じていたのだろう」と思ってしまいます。

 

ビートルズ解散


Let It Be (Remastered 2009)

周囲にビートルズファン(とまではいわなくても「いろは」が解る人)がすっかりいなくなった気がします。ビートルズのファンと並んで座って『YOUTUBE巡り』をしてみたいとたまに思ったりします。はい。

 

冴えないけど嬉しい50年

 

ああ、40代があえなく過ぎていく。何かは溜め込んだけど、何も成し遂げていない10年。「いよいよ感」は当然嫌ですけど、それを上回る喜びがあるのは、この50年で知り合ってきたすべての人たちのおかげなんでしょうね。

ありがとう。

 

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40年前の1980年の話「初Wデートと別れの切なさ」

さてさて、50歳記念に10年ごとを振り返っているお話の4回目ですね。今日は1980年。僕が10歳の頃の話です。

 

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1980年の主な出来事

・たのきんブーム
・百恵引退&聖子デビュー
・モスクワ五輪ボイコット騒動
・金属バット殺人事件
・ジョンレノン暗殺
・ゲームウォッチ発売

 

当時の僕は「プロレス」と「冒険」と「昆虫採集」と「東洲斎写楽」と「切手収集」と「コイン収集」と「奇麗な石」と「河合奈保子」に夢中でしたね。はい。

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しかしチャンピオンベルトを肩にかけている写真の広大感は凄い…砂利道だし…これは哲(誰だよ)の家が直接見えるんじゃなかろうか…ちなみに今はこのすべてにぎっしりと建物が立っています。はい。

 

メダル紛失事件

当時の僕は小学4年ですね。その時の担任の先生が鬼婆の性格破綻者でありまして、僕は初めて先生というものに反抗し、さらには「大人」と「女」というものの本質に触れたわけです。はい。まあそれはさておき・・・

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「モスクワ五輪」といいますと、これはもう「タカワ君の記念メダル紛失事件」を思い出しますね。僕のブルジョワの友達のタカワ君(のびたとスネ夫と出来杉の集合体のような少年)が、自慢げに持ってきた「モスクワ五輪」の金メダルが体育の授業中に無くなり、件の鬼婆が切れまくったという話です。なんかおかしいなと僕は思っていましたが、その後、鬼婆の机の引き出しの奥に、それがあるのを見つけたというやつですな。

今でもそれを公言できなかったのは悔やまれますが、まあ所詮は大人と子供なので、そうしたら僕の方が追い込まれていたでしょうね。うん。

 

プロレスに完全にはまる

もともと好きだったプロレスに完全にはまったのもこの頃でした。まず記憶に残っているのは、今は亡き「鬼軍曹」山本小鉄さんの引退試合ですね。引退のテンカウントのゴングに涙する小鉄さんの姿をみて、僕は人生で初のもらい泣きというものを経験したのです。そして思えば、この年の新日本プロレスは猪木(師匠)&藤波(弟子)&小鉄(鬼軍曹)がらみの涙ネタが多かった気がするのです。

例えば・・・

 

・足を骨折の藤波が松葉杖姿で猪木戦を直訴→猪木がその足を蹴り上げ「自分を大切にしろ!」と一括→立会人の小鉄と三人で号泣

 

・手を骨折した藤波がキース・ハートとのタイトル戦を涙の直訴→猪木が号泣して後押し→藤波勝利→解説の小鉄も号泣

 

というね・・・実況の古館さんいわく「闘う男のみに共通する執念の涙」との事なのですが、なんだか実に滅茶苦茶というか(苦笑)、そもそも「猪木は何で足を蹴るんだ?」という疑問がまずあるはずだろうに・・・・。しかしながら、実に狂っていることに、僕はこの二つの光景をみて、まるで、あの星飛雄馬並に「俺は今猛烈に感動している」となってしまい、完全にプロレスファンになってしまったのでした。

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そういやある時、あの前田日明氏がプロレスオタクに対して、「アントニオ猪木さんが大昔にかけた催眠術から、いまだに目が覚めないやつがウヨウヨいるんだよ」と評しておりましたが・・・まさにその通りでござんす。はい。

初Wデート

当時の僕は福島市郊外の小学校に通っていましたから、繁華街に対する憧れがかなり強かったのです。当時の県庁所在地の繁華街はまさに夢の空間でした。そして僕は常々「何時しか保護者抜きで行きたいな」なんて思っていたのです。

そしてそんな事を夢見ていたある日、同じクラスの親友が病気になり、繁華街の反対側の病院に長期入院することになったのでありました。

そこで僕は一人でお見舞いに行くと宣言したのです。当時の福島の小学校はとても厳しい管理教育化にあって、そこで子供だけで繁華街に行くなんて、それはもうまさに「脱北者」並みの非難にさらされるわけなのですが (実際に検問まがいの橋もあった)、前述のように当時の担任の鬼婆と折り合いが本当に悪かったので、実際に行く行かないは別として、挑発するためにあえてそういう事を公言していたのです。

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そうしたら「私たちも行きたいな」と二人の女の子が名乗りをあげてしまいました。リサとイガラシ。そうなるともう引っ込みがつかないわけで・・・もう一人の男の友達(ネモヤン:河原の写真で一緒に写っている少年)を巻き込んで、お見舞い名目の、実質的な「Wデート」と相成ったのでありました。

今にしてみると10歳の子供とかホントに子供なんですけどね。しかしながら、10歳くらいの時って、男が一番硬派で、女が一番ツンデレな時でもあるのです。子供の徘徊はあまり誉められることではないのだけれど・・・当日は良く晴れた日で、なんとか難所を突破して繁華街に着いたときの開放感や、デパート中合(2020年夏で閉館)のゴージャスさや、徒歩10キロの病院でのお見舞いを果たしたときの達成感は、これはもう格別のものがあったのであります。

そして僕はこのとき初めて「異性と遊ぶ楽しさ」と言うものを知った気がします。そして女の子と「すっぽかす」とか「抜け出す」ことの楽しさも・・・まあかわいいものですけど。

しかしその日はそれだけでは終わらなかったのです。

一緒に行った女の子のひとりが帰り道

「私そのうち転校するんだ」

なんて言いやがったのです。

でこっぱちのイガラシノブコ。
お前は僕に苦しみも教えてくれた。

あれから40年。
今頃どこかでしあわせに暮らしているだろう。
お前はいい奴だったから。

ーーーー

 


「ペガサスの朝」 五十嵐 浩晃

長年、この曲を聴くとイガラシのことを思い出してしまうので、なんでだろうなあと思っていたのですが、歌っているのがイガラシだってのが大きかったんですね。まさに盲点というか、40年経ってようやく気が付きました。

 

しかし10歳と20歳の見た目の違いが凄すぎますね(中身の変化も凄い)。それに対して、20~40歳って、正直、あんまり外見も中身もあまり変わっていない気がするのですが・・・では50歳はどうなのでしょう?

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